金曜の夜、初台の山姥。


京王新線を初台で降りた。
駅を地上に上がると、なんだか恐ろしいことになっている。
大味なビルや建設途中の高速道路が、
縮尺を無視したような不思議な風景をつくりだしている。
巨人族の棲家が侵食してきている。


しかし幹線を一歩奥へ曲がると、そこには昔ながらの住宅が並ぶ。
そしてその住宅の中に、
まったくもって、奇跡のような能の舞台がある。


まるで住宅の中庭につくられたような、その屋外の能舞台で、
山姥(やまんば)が舞った。
そこからは隣家のベランダが見え、街のサイレンが聞こえ、
そしてもう何も見えず、何も聞こえない。


信濃の深山であり、
孤独であり狂気であり、
終わりへの旅であった。


遊女と山姥。
間近で見た彼らの表情に圧倒された。
能の面は仮面ではないという意味がよくわかる。
この悲しみははんぱじゃないぞと、
などと思う。


舞が終わり、山姥は突然去ってしまう。
遊女たち旅の一行もすぐに後を追う。
舞台は終わり、
後には、人間たちが取り残される。
もちろん人間の半分は幽霊でできているので、
能はまだ終わっていないとも言える。
続きはわれわれが演じなければならない。


初台は夜も更けて、なんだか雨のかおり。
これは早く帰らないとと思いつつも、
新宿まで歩いた。


金曜の夜のお話でした。