一本刀土俵入り


「立派なお相撲さんになっておくれよ。そうしたら、一度はお前さんの土俵入りを見に行くよ」
一文無しの駒形茂兵衛を助けたお蔦さんは、こう言って茂兵衛を励ました。


だが、望みは果たせなかった。
10年後ヤクザ者に落ちぶれた茂兵衛、それでもお蔦に恩返しがしたいと会いに行く。
そこへイカサマ博打に手を出して逃げていたお蔦の亭主が帰って来る。
茂兵衛は体を張って、一家を逃がしてやる。


「お行きなさんせ。仲よく丈夫でお暮しなさんせ。ああ、お蔦さん、棒ッ切れを振り廻してする茂兵衛の、これが、10年前に櫛、かんざし、巾着ぐるみ、意見をもらった姐さんに、せめて見てもらう駒形の、しがねえ姿の土俵入りでござんす」


悲しいけれど、
晴れ晴れとした、
美しい土俵入り。



満員御礼の幕の下、
正真正銘、横綱の土俵入りだ。
それはそれは美しい。
ふと場内を見渡すと、ひとりの年老いた女性が、嬉しそうに横綱を見つめている。
彼女は土俵の上に、
茂兵衛さんの姿をみつけたのかもしれない。