宿屋世界
この世のすべてがたったひとつの鄙びた宿屋だったら。
ぼくは昨夜そんな世界にいた。
そこにはすべてがあった。銀行、デパート、刑務所、ペットショップ、風俗店、イラクなどなど。
それらのすべては、たったひとつの宿屋の中に存在し、それ以外この宇宙には何もないのである。
そしてそれらのすべてはとてもとても鄙びていて、店員さんも老婆ばかりであった。
銀行の老婆はまだしも、風俗店の老婆はすさまじいものがあった。
住人たちはみな寡黙で、ゆれる白熱灯の下、黙々とおのおのの生活をしている。
ただひとつ妙なのは、どの廊下にもこれまた薄暗い電球の下、ニールヤングのポスターがはってあるのである。
いついつどこどこ、白熱のライブなどと書いてある。
さすがに息が苦しくなる。
もういいだろう、ここから出してくれ!
だがこの宿屋が宇宙である以上、その外は無い。
いついつどこどこに宴会場にニールヤングを見に行く。
会場はまたまた老婆でぎっしりである。
番台でチケットを買う。
アーアーという老婆の歓声のようなものがあがり、
幕があいた。
「宿屋主人ニールヤング」という垂れ幕の下に、
ニールヤングの異形が仁王立ちしていた。
こいつの世界だったのだ!
そんなことってあるのだ!
これが俺の人生なんだ!
だがニールヤングがその最初のコードをギターでかき鳴らした時、
マーシャルのアンプから溢れでた大音響とともに、
あっという間に、すべてが消し飛んでしまった。
ギョイイイイイイン!
結局、俺の人生はこの宿屋ですらなかったのである。
(最後の一行、加筆)