大阪恐るべし!


昨夜はみなさんがぐっすり眠っているあいだに、
大阪まで行ってきましたよ。
とある切れ者の女性実業家の秘書として招かれたのです。
しかしその女性のどこがどう切れるのか、
はたまたいったいどんな商売をしているのか、何も知りませんでした。


女性はぼさぼさのおかっぱ頭で、化粧っけもなく、
いつも難しい顔をしていました。
ぼくは、いったい何をしていいかわからず、
隣でノートに何かを書いているふりをして時間をつぶしていました。


女性は自分のオフィスと近くの喫茶店を仕事場にしていました。
ぼくが喫茶店の椅子に座って相変わらず仕事をしているふりをしていると、
彼女は「わるいけどオフィスに行ってチョコレートの缶を取ってきて」
と言いました。
初めての仕事です。
さっそくオフィスに向かいました。
茶店はビルの上のほうにあったので、
エレベーターで1階へ降りることにしました。


ところがエレベーターのとびらが開いてみると、
中で元たまの知久君が小間物屋を開いていました。
周りにはたくさんの古道具などが並べられてあり、
また彼の大阪のスタッフと思われるおにいさんが何人か立っていました。


「どうも」
「どうも」
「これなんかどうですか?」
「えっ?」
突然指さされたその商品は驚くべきものでした。
それは柱時計くらいの大きさのギターのチューニングメーターでした。
ただそれだけのことなら別に驚きはしません。
なんと、それは木造モルタル作りのチューナーで、
しかも横にまわると、ちゃんと扉があって、
その向こうには狭い階段があり、
どうやら二階には四畳半の下宿もあるらしいのです。
ぼくが上にあがろうとすると、
知久君は、
「買ってからだよ」
と言いました。
「うーん」
「これはどうしても欲しい。よし、買おう!」
そう言おうとした瞬間です。
新しいスタッフの人がエレベータの中に入ってきました。


そして、
「えらいこっちゃで。近鉄ギターが入荷したで!」
と、叫びました。
みんなの目の色が変わりました。
き、近鉄ギター?いったい何なんだ?
木造モルタル作りの下宿付きチューナーでさえこんなに驚いたのに。


みんなはすぐに大阪の街にくりだしました。
しばらく歩くと、夜なお明るい商店街の向こうに、
これまたひときわ明るく、ライトを煌々と照らした楽器屋が見えてきました。
天井からたくさんのギターがつるされているのが、
シルエットになって見えています。
ぼくはもう他の人のことはすっかり忘れて、
楽器屋に飛び込みました。
ありました!近鉄ギター!
妙な字で「きんてつギター一本かぎり!」と書いた紙が天井からぶら下がっていて、
その下においてあったのです。

でもそれは、
普通のギターにしか見えませんでした。
ギブソンの335と呼ばれるギターにそっくりでした。
手にとってみました。
たしかにヘッドのところには達者な字で「近鉄ギター」と、
書いてあります。
色もきれいなワインレッドです。
でも。


そのとき楽器屋のおにいさんが、ぼくをちらっと見ると、
にやりと笑いました。
そして、
「ネックをよく見んかい!」
と言いました。
ネック?そういえば弦が張ってない。
えっ!


なんと近鉄ギターのネックはスケートリンクになっていました。
そして、そのまっすぐなリンクの上を、
ちいさな人間たちが気持ちよさそうに滑っているのです!


魔の都市、大阪。
いったいこの街の闇の奥深くに、
どれだけの男たちが落ちていったのでしょうか。
昨夜、ぼくもまた、まさしくその大阪の闇の淵に立っていたのです。
くわばらくわばら。