ピアノの調律のおじいさん


その森はあまりに深すぎて、
どんな風も届きません。
風は何度もその森を吹き抜けようとするのですが、
必ず、一番深いところへ届く前に、
もう風ではなくなってしまうのです。


その、森の、まん中の、一番深いところは、
小さな広場になっていて、
そこには1台の黒いピアノがおいてあります。


今日はそこへ調律のおじいさんがやって来ました。
きちんとスーツを着て、
仕立てのいいオーバーコートを着てやって来ました。
おじいさんはコートと上着を脱ぐと、エプロンをつけました。
そして色々な道具を広げ、さっそく仕事にかかりました。


2時間後、おじいさんは楽しそうにピアノを弾きはじめました。
森の動物たちが、お茶とケーキを持って来ました。
おじいさんへのささやかなお礼です。


おじいさんは動物たちに色々な話をしました。
去年と同じ話です。
孫の話やらほかの森にあるピアノの話などです。


「おじいさんが帰って行く時、まわりの枝がわーっと揺れて、
葉っぱが、ザワザワと音をたてたらしいよ。」
とたぬきのタヌキチが真面目な顔して言いに来ましたが、
なんだかどこぞの小説みたいだなあと、
からかってやったら、顔を赤くしていました。